2008年07月28日

記憶にない戦争・そして終戦記念日と命名

私は1944年(昭和19年)生まれ。
当年64歳のお婆。

終戦の年の前年東京生まれ。
つまり各地で激戦が続く中、生をうけたのです。

私もそうでしたが、わが子の名前を付けるときは
かなり頭をひねるものですね。
今でこそ本屋の育児コーナーなどに命名には、関する本が並び
参考にするパパ・ママがたくさんいらっしゃいますが。

私の名前は泰子(ひろこ)。

空から降る焼夷弾で焼け野原になる少し前、疎開したそうですが
東京では無差別爆撃。
若き命が次々と戦場に消えていった特攻隊の出撃。

隠れ聞いたラジオから流れる暗く悲しいニュース。

神仏信仰心の厚い両親は一日も早く「安泰の世」になるようにと
天下泰平の祈りをこめて「泰子」と命名したと聞く。

最近.篤姫ブームで歴史本に興味を持ち系図を見ていたところ
最後の将軍(15代将軍)の慶喜公の弟君の徳川家達(いえさと)公の夫人が泰子(ひろこ)姫が、昭和19年に亡くなった事を知り
あるいは、皇室に近い職業についていた父が密かな(恐れ多くも)
憧れを持って命名したのかもしれない。

正三位 徳川家達君内室 泰子夫人は、篤姫の薫陶を受けて育ったそうであり、すばらしい美人。
残念ながら父の憧れを踏みにじり、夢を壊した形に育ってしまった私
ではありますが。 
父の願いどうり平和を取り戻したことですし、よしとしましょうか。

まもなく終戦記念日。
毎年8月になると語られる戦争の悲惨さ。

私はこの日、「過去を学び、平和の尊さを実感」するのです。

名前の由来をかんがえながら・・・。
そして、赤子で何もわからなかったから。
さらに全国民を巻き込んだ戦争の実態を、先輩に聞き、現代を生きる
若者に伝えていきたい!


posted by ムク婆 at 09:33| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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