2008年08月11日

北京五輪一色の陰で松本サリン事件の被害者の燃え尽きた命

5日午前2時40分 

    松本サリン事件被害者「河野澄子さん」が亡くなった。


14年間をベッドの上で過ごし
ただの1度も意識が戻らぬままに。

1994年に発生した「松本サリン事件」
7名死亡。
重軽傷者600名
未曾有の無差別殺傷事件だった。

この事件の第一通報者で、容疑者あつかいをされた河野義行さんの妻
澄子さんが、サリン中毒による低酸素脳症に伴う呼吸不全で帰らぬ人となった。

夫は妻を毎日見舞い、その日の出来事を優しく語りかけ、全身をマッサージ。 

ある時は「女性は、きれいでいて欲しいから」とお化粧を。
ある時は、音楽の好きな妻にクラシックをヘッドホンで聞かせて。

夫は、看病し続けた14年間を振り返り静かに語る。
「最初は無表情でした。 しかし、うつろだった目が次第にしっかりし、表情が豊かになったんです。 涙を流すこともありました。
そんな変化が希望となり、何も言わなくても妻から大きなエネルギー
を与えられました。」

最後を看取った夫は、妻を真新しいピンクのパジャマに着替えさせ
バッハの「無伴奏チェロ組曲」を聞かせ、顔を優しくなでながら
「本当に長いこと頑張ってくれたね。ありがとう・・・・・」と
声をかけ、送ったという。

河野さんは、報道陣に
「妻がそこにいるだけで頑張れました。私は、大きな力を貰いました。妻を守らなければという思いだけで、これまだやってきました。
私がやらねば、という高い目標を与えられたような14年間でした。
妻が亡くなったいま、私の中では事件は終わりました」。

淡々と語った河野さんでしたが、
「親友のようだった妻と、できればもう一度ケンカしたかった」
そうポツリと言った言葉が寂しげで、その表情に思わず涙した。

同世代ですからなおのこと、故人のご冥福を祈り、残された遺族の方の今後の幸せを祈らずにはいられません。
posted by ムク婆 at 08:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする