人生初めのころの誕生日は、本人はプレゼントに大はしゃぎし、親は子の健やかな成長を喜んで皆が無条件にハッピーです。
また、80歳くらいになると誕生日には長寿を祝う意味があってか「いつまでもお元気で」という祝福の意味がこめられ、めでたい雰囲気になるものです。
ところが、5・60代の中途半端な年齢になりますと、誕生日も何がめでたいものか「おめでとう」と言われると嫌味に聞こえてなぜか素直に喜べないものなのです。
加齢とともに誕生日は嬉しくなくなるばかりか、忘れたい年齢を嫌でも思い出してしまう苦々しいものになってしまうのです。
日本も半世紀前までは、庶民が誕生日を祝う習慣はなく、祝ってもらえるのはキリストやお釈迦様などだったように記憶しております。
最近は、お誕生カードも多種類売り出され、毎年繰り返される誕生日は
プレゼントやケーキなど巧みな商業主義に踊らされて、いつの間にかバレンタインデー同様「忘れたり無視したら大変なこと」になってしまうのです。 4人の孫を持つこのババも、しっかりカレンダーに印をつけてありますが、ともすれば強迫観念まで伴う行事となって定着してしまったようです。
私の場合、誕生日はこの大変な世の中を、1年間生き延びた自分を「ほめたたえる日」と決めて、とびきりお気に入りの高価なショートケーキをほおばる日としております。

